― 不安と期待のあいだで ―
この記事でわかること
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DXが研究者の仕事に与える影響
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研究者が感じやすい不安の正体
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自分なりに整理した「変わる部分」と「変わらない部分」
- この記事でわかること
- はじめに
- 研究者がDXに不安を感じやすい理由
- 実際に変わるのは「仕事の本質」ではない
- DXは「研究を楽にする」ためのものではない
- 研究者に求められる役割はどう変わるか
- 今日のまとめ(Lv4)
- 次に考えること(Lv5予告)
はじめに
DXについて調べ始めて、
一番気になったのは、正直ここでした。
「DXが進むと、研究者の仕事はどうなるのか。」
効率化される。
自動化される。
データで判断される。
そんな言葉を見聞きするたびに、
どこか落ち着かない気持ちになりました。
自分がこれまで積み上げてきたものは、
本当にこの先も必要とされるのだろうか。
そんな不安が、頭の片隅にありました。
研究者がDXに不安を感じやすい理由
研究の仕事は、
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試行錯誤
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直感
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経験の積み重ね
こうした、言語化しにくい要素に支えられています。
一方、DXで語られるのは、
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データ
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可視化
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標準化
一見すると、相反する世界に見えます。
そのため、
「研究の勘や感覚が否定されるのではないか」
という不安が生まれやすいのだと思います。
実際に変わるのは「仕事の本質」ではない
いろいろ考えた結果、
今の自分がたどり着いた結論は、意外とシンプルでした。
DXによって変わるのは、
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研究者が考えなくてよい部分
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手作業で抱え込んでいた部分
であって、
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仮説を立てる
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現象を理解する
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技術の可能性を考える
こうした研究の本質は、むしろ重要性が増す。
そう感じています。
DXは「研究を楽にする」ためのものではない
誤解しがちですが、
DXは研究者を楽にする魔法ではありません。
むしろ、
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判断のスピードが上がる
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比較が容易になる
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説明責任が増える
結果として、
考えることは増える可能性があります。
ただし、
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無駄な作業
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属人化した業務
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説明のための説明
こうした部分が減る。
その分、
「何を研究するか」
「なぜそれをやるのか」
に時間を使えるようになる。
DXの価値は、そこにあるのだと思います。
研究者に求められる役割はどう変わるか
DXが進むと、研究者には、
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技術を生み出す力
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その意味を説明する力
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他部署とつなぐ視点
がより求められるようになると感じています。
研究だけしていればよい、
という時代ではない。
ただしそれは、
研究者の価値が下がる、ということではありません。
研究者の言葉が、より広い場で使われるようになる
そう考えると、少し前向きに捉えられました。
今日のまとめ(Lv4)
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DXは研究者の本質的な仕事を奪うものではない
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不安の正体は、役割の変化が見えにくいこと
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研究の価値を広げるための仕組みとしてDXを捉えると、見え方が変わる
次に考えること(Lv5予告)
次は、もう少し現実的な話に踏み込みます。
なぜDXは、現場でうまく進まないのか。
研究所で感じてきた「止まりがちな理由」を整理します。